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アート思考と境界線、広がるのきした。

投稿日 2022年02月28日 (月)

〜『のきした・オープンデイ』におけるシンポジウムについてのレポート〜

文:やぎかなこ 写真:直井保彦



「のきした」という取り組みを聞いたことがありますか?
「のきした」は、劇場兼ゲストハウスの犀の角に集う人たちや、東信地域で福祉や支援の現場に関わるひとたちがコロナ禍をきっかけとして展開している取り組みで、「『雨風しのげる場(のき)』を街中に作ったり、すでにそういう役割を果たしている人や場を再発見し、街中をのきした化する」というコンセプトで活動されています。

私の「のきした」への印象は、「素敵な取り組みだと思うけど、人にうまく説明できない」でした。
しかし、最近その印象が変わりました。きっかけは2月12日に開催されたのきしたオープンデー。リアカーやキッチンカーで街中を周りながら焼き芋を配り、その様子をラジオで配信するなどさまざまな催しが行われました。その締めくくりとして開催されたシンポジウムに参加したことで少しだけ「のきした」について、人に説明できるのではないかと思いました。このレポートでは、シンポジウムの内容や「のきした」について感じたことをお伝えします。

のきしたシンポジウム

シンポジウム「『のきした』の取り組みを考える〜社会教育とアートの視点から〜 」では、沖縄県にある那覇市若狭公民館長の宮城潤さん、東京大学大学院教育学研究科教授の牧野篤さんの2人がゲストとして登壇。
「のきした」メンバーからは、NPO法人場作りネット理事の元島生さん、うえだ子どもシネマクラブの直井恵さん、NPO法人APLAの野川未央さん、犀の角代表の荒井洋文さん、うえだイロイロ倶楽部の伊藤茶色さんの7名が登壇しました。進行役は長野県文化振興コーディネーターの野村政之さんでした。

「パーラー公民館」「アートな部活動」の取り組み

まず若狭公民館の宮城さんから「パーラー公民館」と「アートな部活動」の取り組みについて紹介がありました。

公民館の数が少ない那覇市。住民の「公民館が欲しい」という声からパーラー公民館が生まれたそうです。パーラー公民館は建物ではなく、公園にテーブルとパラソルを立てたスペースを公民館としています。これは「公民館の役割(つなぐ・まなぶ・むすぶ)の機能が発揮できていれば、公民館と言えるのではないか」という考えのもと、現代の公民館のあり方を再考するというチャレンジをしたそうです。
またパーラー公民館では「『アーティストが関わること』と『スタッフはなにもしない』の2つのことを大事にしている」と宮城さん。「どうしてもサービスを提供するというマインドになりがちなので、スタッフには『なにもしないでね』とリクエストしました」とお話しされていたのが印象的でした。

そしてパーラー公民館は公園から地域へ。取り組みを言語化する催しや動画、広報誌など活動の見える化も実施したそうです。
するとだんだんと子どもたちや地域住民が関わりはじめ、地域住民の中からスタッフも生まれ、パーラー公民館は地域に完全移行。コロナ禍においても、屋外ということもあり、交流拠点になったと宮城さんは話していました。

「アートな部活動」では、ダンボールからレターセットなどを作成・販売するダンボール部、在留外国人をはじめとする地域住民が映像制作を学び、発信するユーチュー部、設置したポストに寄せられた手紙や写真に面白い返事を考えるポストポスト部、アニメやポップカルチャー、現代アートなど幅広い視点で読みとくアート同好会という4つの部活動が紹介されました。

 

「のきした」の取り組み

「のきした」の取り組みについては、犀の角代表の荒井さんから紹介がありました。

「やどかりハウスはさまざまな理由で困っている女性が、『雨風しのぐ宿』として犀の角のゲストハウスに1泊500円で宿泊することができます。おふるまいは、いわゆる炊き出しではなく、フラットに『一緒にご飯食べよう』というような場を目指して、これまでにインドネシア、ベトナム、タイの方々と共に料理を作ってふるまいました」と荒井さん。

ちなみにおふるまいは、大学生や高校生なども多く関わっているそうです。「お客さんよりスタッフの方が多いかも」という荒井さんのお話に、私はおふるまいの光景を思い浮かべ、誰がスタッフで、誰がお客さんなのかよくわからないなと感じたことを思い出しました。

また「やどかりハウス」「おふるまい」に加え、「時間銀行ひらく」「犀の庭」「うえだイロイロ倶楽部」についても紹介されました。時間銀行ひらくは、お金を使わず、時間でやりとりやコミュニケーションをはかる取り組みとして今年から始動。犀の庭は、犀の角の隙間時間を利用して「くるくる市」や、市政について語るイベント「#上田と市政とコーヒーと」など小さな活動を実施。うえだイロイロ倶楽部では学校の部活動を地域で受け入れようということで6歳から18歳までの子どもたちが参加しているそうです。

 

アート思考について

東京大学教授の牧野さんは、公民館の成り立ちや現状、社会教育についての行政の方針等さまざまなお話をされていました。

中でも印象的だったのは「アート思考」についての話です。近年企業でも経営に取り入れられているというアート思考。
ロジカル思考、デザイン思考、アート思考という3つのタイプの思考について、「人にプレゼントする時」を例に解説されました。ロジカル思考では「相手の年代で人気のあるアイテムをリサーチする」、デザイン思考では「相手がどんなものが欲しいか一緒にいる時に探る」、アート思考は「自分が好きなものをあげる」そうです。

牧野さんは「オープンデーで焼き芋を配っていた子どもたちはまさにアート思考。街の人々は(子どもたちから)焼き芋を受け取らざるを得なかった、でも嫌な気持ちはしていなかったのではないか」と指摘しました。
その理由として物だけでなく気持ちの問題でもあるとし、「受け取ったのだから、私も何かできるかもしれない」という気持ちから、焼き芋を配った子ではなく他の人に返そうとする「恩送り」が生まれると解説しました。

牧野さんの話を聞き、私は2冊の本を思い出しました。近内悠太さんの『世界は贈与でできている』(NewsPicksパブリッシング)と中島岳志さんの『思いがけず利他』(ミシマ社)です。
人から何かを受け取る。あるいは受け取らざるを得ない状況。そこから生まれるものについて、この2冊でも近しい話をしていたと記憶しています。

アート(やアート思考)は、受け取る側の問題。そこに意図や計画がないからこそ、勝手に広がり、人を繋げていく。アート思考は「のきした」を捉える大切なキーワードだと思いました。
事実、「のきした」メンバーの元島さんは、「僕らのやってることをすごい説明してもらった感じです。なにをしてるか、その意図を自分達でもわかってない。何のために芋を配ったのかわからなかったけど『そうか!アート思考だったのか!』としっくりきました」と話しました。

元島さんの言葉から私は「なぜ『のきした』という取り組みは、人にうまく説明できないのか」という問いに対する答えの一端がわかった気がしました。「のきした」は当事者自身も活動の意図がわからないほどアート思考の塊のような取り組みだったのです。「のきした」の他のメンバーたちが元島さんの言葉に大きく頷いていた様子からも、きっと意図せずアート思考に突き動かされながら取り組んでいたんだろうなと思いました。

「のきした」メンバーの話

そして「のきした」のメンバーから、それぞれが主に関わっている取り組みの話と宮城さん、牧野さんの話の感想が共有されました。

野川未央さん
「時間銀行ひらく」に取り組んでいる野川さんは「自分ができること、自分がしたいことを持ち寄ることでお金を介してサービスを享受するのとは違う関係性が、時間銀行で生まれている」として、英語で話したいという学生と、最近上田に移住してきた外国人とが繋がったエピソードを紹介。「みんなそれぞれ『したい』『してあげられる』を持ってるけど、普段は、それを言えない社会を生きてる。でも『のきした』では、その話ができている。(宮城さん、牧野さんの)2人の話を聞いてそれを確認しました。もっと楽しくなりそう!」と今後へのわくわく感を語っていました。

 

直井恵さん
学校に行けない子どもたちの居場所として映画館を活用する取り組み「うえだ子どもシネマクラブ」。そのシネマクラブに携わっている直井さんは、「アート思考は全ての人が持っている。でも、今の社会でそれを出してしまうとやりづらい。映画の感想に優劣はなく、感想を共有する場はフラット。そういうものを探す場としてシネマクラブがあります。アート思考ってそれを探る時間さえ確保できれば、みんなで育めるのではと思いました」とアート思考を育む可能性について語りました。

 

伊藤茶色さん
イロイロ倶楽部について担当の伊藤さんは「イロイロ倶楽部は、活動場所を分けるなど、縦割りでやってみたらうまくいかず、子どもたちの楽しそうな姿が全然見えなかった。場所やジャンルを分けたことで活動しづらくなってしまった。やりたくない子だけでなく、ファシリテーターもつらくなってしまった」と活動の初期について振り返りました。コロナ禍による活動自粛期間中に話し合いを行い、1つの建物でみんな一緒に活動することを決定。すると子どもたちがクリエイティブに物事をシェアしてくれるようになり、また運営を手伝いたいという子も出てきたと試行錯誤の結果を語りました。

伊藤さんの話の中で特に印象的だったエピソードがあります。イロイロ倶楽部開始当初、子どもたちは伊藤さんを「先生」と呼び、「先生、これでいい?」と何度も確認をしていたそうです。伊藤さんはその度に「先生じゃない、茶色」と応じてきたといいます。そして今では子どもたちから「茶色」「茶色さん」と名前で呼ばれるようになり、そのことが嬉しいと語りました。

 

荒井洋文さん
やどかりハウスについて、荒井さんは「やどかりハウスの利用者とアーティストは悩んでるところが一緒。利用者は解決できないもの、自分にはどうすることもできないことを考えてる。アーティストは答えがないからこそ苦しむ。答えがありそうでないことに苦しむさまは共通してるように見える。両者は見え方が違うだけで、やってることは一緒だと思う」と荒井さんだからこそ見える風景や人々の様子について語りました。

 

元島生さん
荒井さんのやどかりハウスの話から続けて、元島さんは支援する/されるという関係性に限界が来ていることについて語りました。元島さんは、初めてのおふるまいで食や生活用品を配布したことを振り返り、困ってる人と施す側との境界線を引いてしまった光景にショックを受け、夜も眠れなくなってしまったとのこと。以来、やり方を変えながら、みんな同じように食べることを意識し、スタッフ証を作らず、役割も決めない、そんなふうに境界線を作らないやり方を模索してきたそうです。

 

ここまでの話を聞いて、私は「境界線」もまた「のきした」のテーマの一つだと思いました。パーラー公民館は「スタッフはなにもしない」という形で、サービスを提供する/されるという境界線を引かないように。イロイロ倶楽部の伊藤さんは「先生」ではなく名前で呼んでもらうことで、先生と生徒という境界線を引かないように。そして元島さんは役割を明確にせず、「みんな同じように食べる」を意識しながら、支援する/されるという境界線を引かないようにされていたんだと思います。そして荒井さんは、やどかりハウスの利用者とアーティストは同じだと語っています。縦割り社会の中で生まれた境界線を、このシンポジウムに集った人々は曖昧にしよう、あるいは境界線は無いのだと捉えているように私は感じました。

 

今後について

終わりに、進行役の野村さんから「この先どうやっていけばいいのか。我々が心折れずに仲間を増やしていくにはどうしたらいいか」という問いが投げかけられました。

宮城さんは「トライアンドエラーをどんどんやっていく。その時に意識しているのは『がんばらない』です。がんばりすぎると折れてしまうので。でも、『頑張らないけどあきらめない』を大事にしています」と回答。

牧野さんは、楽しいことを考えてウキウキする(Aniticipation)、やってみる(Action)、振り返る(Reflection)。AARの循環について解説し、「妄想が広がると、みんなの妄想が共鳴しあって、みんなを巻き込んで、みんなが楽しくなって、次へ次へと『とりあえずやってみよう』になる。そうしたことがこれから大事になる」としました。

延長戦

シンポジウムは、一度締めを迎えましたが、会場の熱が冷めず延長戦へと突入しました。延長戦では、会場、そしてオンラインで視聴していた方を交えて質疑応答を実施。行政との合意形成や補助金、障害と福祉、評価についてなどさまざまな質問が飛び交いました。

中でも印象的だったのは、行政との付き合い方について、宮城さんの「ロジカルシンキングを身につけて、行政との翻訳作業をする。(行政の人々と)ちっちゃなアクションを共にやって成功することで話を聞いてくれる。諦めないことが大事」というお話でした。アート思考だからできることもあれば、ロジカル思考が必要な場面もあるのだと気付いた言葉でした。

おわりに

「素敵な取り組みだと思うけど、人にうまく説明できない」という印象を抱いてきた「のきした」。シンポジウムに参加し、私は「のきした」を「縦割り社会の中で生まれた境界線を、わくわくするようなアート思考と行動力の塊で編み直す取り組み」と捉えました。

雨は誰にでも降ります。その雨をしのげる場に境界線は不要なもの。「のきした」は軒下を広げつつ、境界線を曖昧にしていく。シンポジウムを通して、さまざまな考えや言葉を与えられた「のきした」が、今後どのように広がっていくのか、そしてどのような文化や交流が生まれていくのか、とても楽しみです。そして「頑張らないけどあきらめない」という気持ちを大切に、「のきした」を広げていって欲しいなと思いました。

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やぎかなこ
三重県生まれ、茨城県育ち。山羊座になりたかった乙女座。
2017年、長野県上田市に転がり込む。映画館「上田映劇」のもぎり、時々、ライター。
通称もぎりのやぎちゃん。深海に潜るように言葉を探しています。

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